■1. ハイテク企業、ローテク企業。
■2. コマンドZな電卓。
■3. キャラポンな製品。
■4. 他人の感覚で判断できる人、自分の感覚で判断する人。
■5. 自分の感覚でしか判断できない人。
■6. 経営者に求められる感性。
■7. 経営者と企画開発部。
■8. クレーマー、カスタマー。
■9. もっとも強いものづくり。
■10. 既存技術の融合。
■11. 要望のないアンケート。

■ラフィールドの考える「これからの企業と製品」をコラムシリーズとしてお伝えしていきます。
なお、ご意見やご質問がございましたら、お気軽にinfo@lafield.comへお問い合わせください。


■9. もっとも強いものづくり。

古来から伝承され続けてきた日本の伝統技術。漆器が「JAPAN」と呼ばれるように、日本が培(つちか)ってきた伝統技術は、本来、他者を寄せ付けないもっとも強いものづくりの技だったはずだ。

だが、今やこの伝統技術が、「消滅する」か「復興できる」かの命運の淵に立たされている。そして、その多くが、「消滅する」を選択せざるを得ない状況にある。伝統技術は、もう必要とされないのだろうか。「復興できる」選択肢の幅を広げることはできないのだろうか。今回は、伝統技術の復興について探ってみたい。

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いまさらながら、「和」が氾濫している。ここ数年のアジアンテイストに比べ、やはり日本人には「和」がもっとも馴染(なじ)むらしい。どうやら求められているのは、「和」が醸(かも)しだす癒(いや)しや和(なご)みの空間らしい。

ところで、このブームの「和」。昔ながらのそれとは、いささか趣(おもむき)が異なるようだ。例えば、築百年もの日本家屋を改装した民家がおしゃれなセレクトショップやカフェであったり、20代の女性が購入した苔玉(ボール状に固めた苔)が置かれるのはレトロなアメリカンテイストに飾られたマンションの一室だったりする。つまり、「和」に染まるのではなく、「和」を取り入れているのだ。

もっとも、「和」を取り入れるのは今に始まったことではない。遙か昔から日本の先人たちは、盆栽や坪庭などで「和」の癒しや文化を身近な生活に取り入れている。だが今のそれは、先人たちのとは根本的な違いがある。すべて「和」だけか、選択肢のひとつの「和」かである。今の「和」は、雑多に氾濫する感覚のひとつでしかない。

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苔玉を購入した女性。ふだん夜遅くまで仕事に追われる彼女は、結婚より仕事に魅力を感じている。彼氏は、1年前に別れてからいない。30才までには結婚したいと思わないでもないが、まだ数年先のことだから、あまり考えないようにしている。

きょうは、久しぶりに気持ちいい休日だったので、雑貨ショップをはしごして見つけた苔玉を買ってきた。お気に入りのアンティークテーブルに、小さな半月盆に載せた苔玉を置いてみる。思った通り、アメリカンと和の感覚のズレが楽しい。

きょうの夕飯は、ちょっと贅沢してデパチカ総菜。苔玉に合わせて、このあいだ買った和食器に盛りつけてみる。アジアンな麻のランチョンマットを敷いて、小枝でできた箸と竹の箸置きをセットする。いびつな陶器皿にはベトナム風生春巻き、漆塗りの椀にはオクラと山芋のサラダ、平らな磁器皿には回鍋肉(ほいこうろう)まん。青島ビールを素焼きのグラスに注いで・・・今週もお仕事お疲れさま。

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もちろん、この女性が実在する訳ではない。だが、今時である。ここで注目すべき点は、彼女のセレクトする基準に国境がないということだ。つまり、彼女の感性にここちよいものなら、国籍は問わないのだ。

あらゆる国籍のものが氾濫する今、「和」だけの中で、いくら伝統や技術を主張しても埋もれてしまう。「和」のよさは、異なった文化や時代の感性との出会いで再認識されるのだ。「和」の活路は、まさにここにあると思うのだが。



※後日談---「桝一」(ますいち:アメリカ人女性セーラ氏が、長野県小布施にある廃業寸前だった創業250年の造り酒屋を再興し、町おこしをみごと成功させた。)は異文化がやってきて、「白鳳堂」(はくほうどう:世界の有名メイクアップアーティストや大手化粧品メーカーに自らメイクアップブラシを売り込み、約200年の歴史をもつ書道筆の産地広島市熊野町に革新をもたらした。)は異文化に飛び込んで復興した。だがいずれも、確かな日本の伝統技術が絶えてしまってからでは間に合わなかった。


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